ホテル宍道湖
2001年9月11日のことでした。「僕、登ったことがあるのに」「ニューヨーク観光で行ったのに」と誰に伝える訳ではない断片的な言葉は、臨時ニュースを伝えるテレビに釘付けなっていた残業中、燃え盛るビルにもう一機の航空機がツインタワーに突っ込んだ時に放たれた言葉でした。悲劇的な重大事件で、歴史の節目となった同時多発テロ事件から20年が経ちました。二人のスタッフは当時30歳前後、卒業旅行とはじめての海外旅行で立ち寄っていたことに驚き、新婚旅行以来海外に出かけたことのない私にとってはジェネレーションギャップを感じた覚えがあります。英語ができないし、銃社会の米国には行きたくなかった私ですが、ひとまわり程しか歳が離れていないスタッフは世界の中心のニューヨークをみたい好奇心から訪れていました。あの時11日間不眠不休で的確な報道をされた当時のNHKワシントン支局長の手嶋龍一氏は好きな作家です。ビルが崩れ、ガレキの山となった現場も取材されていました。後日、氏の著書を読んでニューヨークの魅力を感じて、事件前に訪れたかったと悔んだことを覚えています。 旧ホテル宍道湖は今月より解体工事がすすんでいます。1975年に地方職員共済組合の福利厚生施設として開業しました。宍道湖を望む観光旅館やホテルは橋北エリアという定番でしたが、一般の住宅や卸売業者などが多い当地に多目的ホテルは地元企業にとっては研修会やレクレーションとして、宴会、食事など便利で親しみある施設でした。また当時の皇太子殿下(現在の天皇陛下)もご宿泊された施設なのでホテルとしての格もあったかと思います。 松江市役所の新庁舎として当施設が候補としてあがり、注目していましたが、この4月の市長選によって残念な結果となりました。今はバスターミナルに変わるため、建物全面に養生を施し、大型重機が建物を崩しており、積み上げられたガレキの山を眺めて、思わず「もったいないなぁ」とため息がこぼれました。 松江は築城より武家様や行政機関は城下の橋北エリアに配置された一方、橋南地区は庶民のエリアとして街づくりがなされました。足軽や職人、商人、庶民が住む街がつくられ、今もその色は継承されています。歴史に習って当施設は民間企業に払い下げていただいて、橋南エリアらしく民間主体の開発する方法もあったかと期待していました。(や))
秋の味覚
9月に入り、朝と夜が涼しく、日中との寒暖差が大きくなってきました。 秋といえば、読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋と言われていますが、食欲の秋が一番しっくりきます。さんまに栗、さつまいもなど美味しいものが揃っています。 果物も美味しい時期になり、収穫時期を迎えているぶどうや梨、りんごが有名で秋の味覚狩りが各地で行われています。 コロナ禍でアウトドア需要が増しており、キャンプなどはもちろん、果物狩りも人気があるようです。 先日、飯南町にある赤来高原観光りんご園へお邪魔しました。 飯南町が遠いイメージがありましたが、松江市内から1時間で行くことができ、市街地ではないので渋滞もなくスムーズに到着することができました。 りんご園では8月から9月上旬までブルーベリーも栽培しており、9月から11月上旬までりんご狩りを楽しむことが出来ます。 秋の風物詩としてテレビや新聞でも紹介されていました。 中々外出が難しい時期ですが、季節の味覚を味わい四季を感じると生活に潤いを感じます。 コロナ禍になり1年が経ち、世間では感染対策が浸透している中ではありますが、施設利用のない感染リスクの低い屋外レジャーとしてお子さん、お孫さんとのお出かけ先に良いのではないでしょうか。(よ)
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